静岡県生まれ。一代でホンダを世界企業に成長させた日本の代表的経営者の一人。自由奔放、明るい人間性、ホンダイズムと称されるチャレンジ精神は、今でも多くのファンの心をとらえている。
父は鍛冶屋で、小さい頃から工具と共に育つ。15歳で自動車修理工場に丁稚奉公、22歳で独立。1955年念願の2輪社生産台数日本一を達成する。1961年には、マン島レースでホンダ車が1〜5位を独占して完全優勝するという快挙を遂げる。
1967年に自動車産業に進出し、1967年には、軽自動車でシェアトップ。アメリカの排ガス規制法であるマスキー法規制に世界ではじめて合格する。1990年、国際自動車連盟より史上3人目のゴールデンメダル賞受賞。1991年、84歳で永眠。 |