和歌山県生まれ。小学校4年生のとき、大阪へ丁稚奉公に出る。結婚は20歳。結婚後、元来の虚弱体質から肺尖におかされるが、絶体絶命のときに独立を決意。そして夫婦二人で「松下電器」を創立した。
昭和の大恐慌、第2次世界大戦の大きな経済危機のでも着々と成長し続けた。戦後、PHP研究所開設、79年に松下政経塾を開講し、事業のみならず、人材教育にも力を注いだ。
一代で松下電器を世界有数の会社に育て上げたその業績に対し、人々から尊敬と親愛の念を込めて「経営の神様」と呼ばれるようになった。氏の言葉で「ダム経営」「水道哲学」は有名である。 |