明治九年東京で、中村三郎として生まれました。
少年時代の天風は手のつけられない暴れん坊。柔道でずば抜けた強さを誇り、負けず嫌いの性格と正義感から喧嘩も絶えなかったといわれていた。
25歳に日清、日露戦争で秘密情報部員(軍事探偵)として活躍。数々の武勲をあげ帰国後。
30歳にして、死の病であった結核にかかり生死の境をさまよった。
その後、行動的な性格から安静に養生するという医者の指示には従えず、自ら治療策を求めてアメリカに渡る。宗教者、哲学者等を訪問し、コロンビア大学で医学を学び、著名な師を求めてヨーロッパも彷徨するも病気は治らず、失望を重ねた。
その後、カイロで出会ったヨガの大哲人カリアッパ聖者に連れられ、ヒマラヤの奥地でついにヨガの哲理を悟りました。結果として病気は治り、悟りを得て日本に帰った。
インドから日本へ帰る途中、上海にて孫文の革命運動に協力を頼まれ、「中華民国最高顧問」として参加。
帰国してからは事業家となり、銀行頭取、会社重役の地位にありながら、あるとき突然これらをすべて捨て去りて去り辻に立って、人々を悩みから救い、苦しみから解き放つための教えを説き始める。
彼のすさまじいまでの体験に裏打ちされた理論は「天風哲学」として大成。その門下には日本を代表する人材が集ったた。これを信奉し、おしえを受けた人々は百万人を超えると言われる。
代表的な人物に、東郷平八郎、原敬、山本五十六、そして昭和天皇、北白川宮などの皇族方まで含まれ、近年では、松下幸之助、稲盛和夫、双葉山、長島茂雄等大勢の知識人、著名人が薫陶をうけている。
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